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スポーツ選手の見るチカラ

ピッチャーマウンドからホームベースまでの距離は18.44mです。

例えば、ピッチャーが投げた球が時速150kmで減速せずにこの距離を進むと仮定すると、わずか0.44秒でキャッチャーミットに到達します。バッターは、ピッチャーがボールを放った約0.5秒以内にバットを振りぬいて当てなければならないことになりますが、バッターは、どのようにして球を打ち返しているのでしょう?

人間が物を見る視覚の仕組みには、意識的な視覚と無意識な視覚の二通りあります。



意識的な視覚は、日常的によく用いている仕組みです。物があることをしっかり知覚し、さらにそれが何であるかを認知するような見方になっています。目に入った光情報は、電気信号として視神経に伝わり、外側膝状体を経由し、大脳の後頭葉にある一次視覚野にまで到達します。この過程(赤線)を経て物が見えることになります。

無意識な視覚は、視神経を伝わってきた信号が外側膝状体に届く前に上丘という部分に到達します(青線)。視覚野には伝えられていないので物が見えたという自覚もありませんが、目から入ってきた情報が脳内で処理されているという点で視覚の1つとされています。



意識的な視覚は、まず一次視覚野へ投射され、傾きや線分などの単純な視覚特徴が抽出されると考えられています。この到達した情報が、さらに二次視覚野に送られて、見えた物の属性を分析・解釈されるなどの高次的処理が行われ物体認知が行われます。高次の視覚野からのフィードバック回路も確認されているため、初期の視覚野が低次の領野という訳ではありません。これらの処理を経て、例えば、球がバットに当たって飛んでいったとように言葉で表せるような情報となります。

ですので、ある程度時間がかかり、解釈が加わるので現実と異なることもあります。錯覚などが起きるのは、この意識的な処理の所為です。また、しっかりと物を見る必要があるので、いわゆる中心視(見ている先に焦点を合わせて見る見方)が行われます。

無意識な視覚は、非常に単純で対象物が何かは分かりませんが、どこにあってどう動いているかといった限られた情報だけが処理されています。意識的な脳による解釈が入らないので、迅速かつ正確です。また、しっかりと物を見るというより、ぼんやりと全体を見渡す、いわゆる周辺視が使われています。

無意識な視覚は、もともと原始的な動物が獲得した神経系の仕組みで、反射的です。例えば、動物は視力が弱く、静止している周囲の景色はほとんど見えていないそうで、近くで獲物を発見すると無意識な視覚で素早く反応して捕らえ食べることが出来るのだそうです。


赤ちゃんは、視力が弱いので物をはっきり捉えることができません。その代わり無意識な視覚を使って、自分にとって危険が及ぶかもしれない動くものを見つけることを得意としています。だんだんと成長していくにつれ、意識的な視覚が発達し、大人になると無意識な視覚をあまり使わなくなってきます。

しかし、いざというときに「無意識な視覚」が役立ちます。たとえば、自動車を運転中に危険を察知するためには、目の前の一点をじーっと注視していてはダメです。できるだけぼやーっと、全体を何となく見渡すという見方をする必要があります。そうすることで、急に飛び出してきた人がいても素早く気づいて、反射的にブレーキをかけることができます。

野球などのスポーツも同じです。ピッチャーが投げるボールをしっかりと見つめてはダメなのです。「無意識な視覚」でぼんやり全体を見る感じで待ち、考える前に反射的にバットを振らなければ間に合いません。大谷選手も、この「無意識な視覚」をフルに研ぎ澄ませることで、大リーグの超速球に反応できていると考えられます。

とは言っても、早くバットを振ればホームランが打てるわけではありません。「無意識な視覚」でバットを振りながらも、的確な位置でボールに当てて全力で振り切れる大谷選手は、やはり「超人」なのでしょう。


医療保険や介護保険の縮小により、自費リハ・義肢装具開発への期待が高まる

今回の研究で明らかになったシナプス前抑制の運動制御での利用がうまく行われないと、不要な情報処理にエネルギーを使うために疲弊しやすい上に、必要な情報の処理に十分なリソースが割けなくなり、適切で効率的な運動制御ができなくなると考えられます。

これは症状として感覚運動異常を示す疾患のいくつかを共通して説明し、新たなリハビリテーション技術の開発につながる成果にもなります。しかし、医療保険や介護保険が縮小され、自費でリハビリテーションが受けられる施設への期待がかかりますが、シナプス前抑制の運動制御での利用がうまくなる設備や指導法が、従来の運動施設では、確立されていません。



シナプス前抑制の運動制御での効率的な利用は、運動学習によるものである可能性が考えられます。アスリートのトレーニングなどに、シナプス前抑制による感覚増強や減弱の考えを取り入れた訓練方法を開発することにより、従来法では実現できないレベルの競技力向上などが期待されますが、キツい運動だと、怪我や故障の心配が伴いますし、一般の方々が継続して利用するんは、ハードルが高いと思われます。

ヒトの運動をアシストするために開発される様々な機械の開発にも応用が期待されていますが、神経興奮(神経インパルス)を末梢より中枢に上手く伝えられる装置では無いため、求心性神経を傷めたり、疲れやすくなったりするなどの感想も多いのが心配されています。



例えば、交通事故や神経筋疾患などさまざまな理由によって手足の運動機能に障害をもち、義肢装具を利用する方々に対し、生体でのシナプス前抑制の仕組みを義肢装具制御に応用することにより、より本物に近い義肢装具が開発でき、障害を持つ方の生活の質の向上が期待されます。



神経筋制御論に沿った運動法によって生まれた運動器具を応用した「やまおくシューズ」の開発にも成功しました。将来的に義肢装具開発にも力を注ぎ、障害がある無いに関わらず、健康スポーツサービスを受けられるようにして行きたいと思います。


シナプス前抑制の強弱が筋活動の大小を制御

我々運動指導者にとって、シナプス前抑制の変化が、スポーツパフォーマンスや日常生活動作とどのような関係にあるのか?が知りたいですよね。

サルに行わせた手首伸展試行を成功トライアルと失敗トライアルに分類し、各トライアルにおいて動的運動(AM)中に記録された神経終末の逆行性電位(ADV)のサイズと比較されていました。



その結果、ADVのサイズが大きいトライアルは、タスク成功率が高かったことが分かりました。その原因を調べると、ADVの大きいトライアルでは、手首伸筋の活動が有意に大きいことがわかったからだそうです。

つまり、脳はシナプス前抑制の強さを変化させて筋活動の大きさを制御し、それによって手首の運動を巧みにコントロールしていることも分かったのだそうで、D.R.Eマシンで脳卒中による麻痺が残る方々の麻痺改善運動や、子供のかけっこに差異が出る秘密は、シナプス前抑制の強弱と筋活動の大小を制御していることに関係しているのでしょうね。


シナプス前抑制は、筋活動を作り出すのと同等だった…

筋の感覚神経から脊髄への信号伝達が、運動の局面に応じてシナプス前抑制により変化していることが伺えましたが、何が、このようなシナプス前抑制の変化を起こしているのかを解明するため、神経終末の逆行性電位(ADV)の時間変化を詳しく解析されました。

手首伸展時のシナプス前抑制の低下は、筋活動の開始とともに始まり、手首が動き始めた時刻とは関係がないことが分かりました。筋活動の開始は脳からの運動指令の始まりを表し、手首の動きの開始は皮膚や筋の感覚受容器の活動増加の始まりを表します。



つまり今回観察されたシナプス前抑制の変化は、運動の結果として生じる末梢の感覚情報からではなく、筋活動を作り出すのと同等の脳からの運動指令によって引き起こされたということで、脊髄内のシナプス前抑制の調整が脳内の運動指令中枢によって制御されていることが明らかとなりました。

D.R.Eマシンの腕マシンでの反復動作の直後に歩行動作が改善されていたのも伺えますね。


運動の局面に応じたシナプス前抑制の変化

国立精神・神経医療研究センター神経研究所モデル動物開発研究部の関和彦部長と窪田慎治室長は、手首の屈曲伸展運動をするサルの脊髄を対象とした研究では、具体的にサルの手首運動中に固有感覚の神経終末に生じるシナプス前抑制の大きさを測定されました。

情報は神経から神経へと伝達されることで神経系内に広がります。シナプス前抑制が強まることは、信号伝達が抑制されて情報の広がりが抑えられることになり、シナプス前抑制が弱まることは、抑えていた情報が広がりやすくなるということを意味していることは、前述しました。



シナプス前抑制の大きさは、運動中いつも一定なのではなく、位相によって変化していることが観察されました。具体的には、手首伸展時には動的運動(AM)だけで一瞬小さくなり、一方、手首屈曲時には持続的に大きくなることが分かりました。つまり筋肉が活動、すなわち収縮する時には、筋肉の状態に関する信号が次の神経細胞に伝わりやすく、逆に筋肉が引き延ばされる時は、その状態が次の神経細胞に伝わりにくくなっていたということです。

この結果は、筋の感覚神経から脊髄への信号伝達が、運動の局面に応じてシナプス前抑制により変化している証拠であると考えられました。


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